0924国会周辺同時多発的ライブのご案内

いつかは誰かがやるだろうと思っていた国会前ロック・フェス!
わたしも、賛同人のひとりです。

9月24日(日)11:00~20:00 国会周辺にて開催
‪『言っとくけど、俺の自由はヤツラにゃやらねえ!ロック・フェスティバル』‬
略して
『イットク・フェス』

一口1000円の賛同者を募っています。
いつかは誰かがやるだとうと思っていた国会前ロックフェスが実現します。
よろしくお願いします。

女性のレッドアクション

一昨日になってしまいましたが8月21日(金)は西武新宿線 田無駅北口で、「女性のレッドアクション」があった。赤いものを身につけて参加ということで、わたしも赤のTシャツで参加してきた。
このところ、「ブログを見ています」と言われることが多い。
ちゃんと更新せねばと思いつつ、記憶が次のイベントに上書きされてしまうということを繰り返している。
すでに2つ書きたいことができてしまったのだが、やはりこのイベントの報告をしておきたい。
西東京市議会の女性議員が超党派で呼びかけ人に加わって、かなりの数の女性とその応援団の男性が集まった。
田無駅頭で、これほど大勢の人たちが集まったのをはじめてみた。
定期的にできるとすごいのだが、どうなのだろう。
わたしは下記の澤地久枝さん提唱の、金子兜太さん筆のすっかり有名になったポスターをラミネートして持参した。何枚かあったので、数人の方にプレゼントしたのだけれども、このラミネート加工、ゆめこらぼで安価でできることがわかった。ゆめこらぼというのは、西東京市にある市民活動を応援してくれる団体で、西東京市役所、田無庁舎のすぐそばのイングビルの1階にある。ラミネート加工したいプリントを持参すれば1枚20円くらいでラミネートしてくれる。
ラミネートしてあれば、自宅の塀に貼って、雨に降られても大丈夫だ。

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このポスターによるアクションをよびかけている澤地さんのサイトは、こちら
リンクされているPDFを自宅で印刷してもいいし、セブンイレブンでプリントしてもいい。
レッドアクションの最中に、年配の男性から「セブンイレブンでプリントできるのでしょう?」と質問された。
「アベ政治を許さない」のお蔭で、セブンイレブンのネットプリントもすっかり有名になった。
このネットプリント、1円でもいいから、寄付を上乗せできるといいのにと思う。

わたしのバッジも2つ買ってくださる方があった。
これを旗にして、祝日に掲げたり、天皇誕生日に皇居で小旗を振ったらどうなるだろう。
外国に輸出したらどうだろう。
このバッジを見て、怒り出す人がいるということは、力があるとういことだと理解している。
憲法9条をデザインした別の作品を見たが、どうにもバタ臭い。
3.11以降、わたしはバタ臭いのがどうにも嫌なのだ。

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一方、安保法案がなぜ戦争法案なのかと質問してくる女性があって、口論になった。
話がほとんどかみ合わず、彼女がたまたま知っていることをこちらが知らないと言って文句をいい、「あなた日本人じゃないでしょう?」というので、「憲法に日本人の要件について書かれていますがご存じですか?」と聞くと、知らなかった。
この手の考えの違う人と話すべきだと思う一方で、実際に話してみると、無駄だと思い知らされる。悩ましい。

Peace now in 西東京 都丸元保谷市長(94歳)のスピーチ

きのうは終戦記念日。地元西東京市の都立東伏見公園で「Peace now 変えるな戦争する国へ」と題された集会イベントがありました。
西東京市は、2001年に旧田無市と旧保谷市が合併してできた市なのですが、かつては、どちらも革新市政でした。
そして、西東京市は、非核・平和宣言都市であった旧両市を引き継いでもいます。
このところ、今年で94歳になる都丸元保谷市長にあちこちでお目にかかるようになりました。
これもひとえに安倍晋三内閣総理大臣(早く辞任して欲しい)のお蔭。
集会イベント、途中で思い立ってツイキャスで撮影しました。
下記は、都丸元市長のスピーチ部分です。西東京市、革新市政に戻したいです!

小林節先生登壇!「時代は動いている ―戦争被害のすべて解決のときだ!」

今日は、中山武敏先生にご案内をいただいて、台東区民会館で開催された「時代は動いている ―戦争被害のすべて解決のときだ!」に参加してきました。
以下は、ツィートの埋め込みです。

 

おはなし「今」をどう見るか 小林節・慶應大学名誉教授

 

9条バッジを、中山先生と、みずほさんと、小林先生にプレゼントしてしまいました。小林先生は、バッジ代と言って寄付をくださいました。ありがとうございます。
誰からも怒られなかったです。^^v

西東京市平和の日

4月12日は、西東京市平和の日である。
この日が、西東京市平和の日であることを、去年まで知らずにいた。
わたしは小学校3年生の一時期と、小学校6年生の2学期から卒業までを向台小学校で過ごしたのだけれども、西東京市で小学校1年生から過ごしていれば、あるいはこの日のことを学校で習ったのではないかと思われる。残念ながら、中学校ではそのような話は出てこなかった(ような気がする)。その頃はまだ西東京市ではなく、田無市だったけれども、1945年4月12日に、田無駅北口周辺に爆弾が投下され、多くの人が亡くなったという話を、わたしは習った覚えがなかった。
下記は、今日の11時半から総持寺で行われた慰霊祭である。
市長の挨拶があり、衆議院議員の挨拶も予定されていたようだが、公務で欠席とのことで、秘書さんが代読された。市議も何人か臨席していた。都議は来ていないようだった。
白いカーネーションが一輪ずつ配布され、わたしも献花をし、お焼香をしてきた。
素直な慰霊に対しては、わたしも素直な気持ちになる。
靖国イデオロギーに接すると頭がぐちゃぐちゃする。
要するにゲシュタルトが簡単に反転してしまうことが恐ろしいのだ。
お焼香をしながら「ゲシュタルトが反転しませんように」と、お祈りしてきた。
意味がわからないかもしれないが、わたしなりの反戦の誓いなのだ。
英霊と言ってほめたたえるのには抵抗がある。ほめたたえるだと、反戦にならなくなってしまう。繰り返しになるが、わたしは、ごく素直な慰霊をしたいと思う。いちいち理屈っぽくて、怒られそうだけれども、わたしは英霊とたたえることは恐ろしいのだ。国がおかしな政策をとったことで、むちゃな勇気を示さねばならなくなった人たちに、同情したいという気持ちは大いにある。しかし、子どもたちに憧れてもらいたいとは思わない。血を流せば痛いということについて、わたしも想像が及ぶ。だから、流れた血を悼みたい。同じ歴史を歩むべきではないと思う。
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アスタ2階センターコートでは、昨日から2日間イベントがあり、こちらも参加してきた。
きょうのイベントでは、87歳になるという濱野敏郎さんが、当時の体験を語ってくださった。
当時、海軍に志願されていて9月から入隊予定で、予備訓練を受けていたところ、空襲になり、自宅に戻るようにと言われ、惨状を目撃することになったという。
人工呼吸というのをはじめてしたと、濱野さんはおっしゃった。
死ぬときに、人は舌が丸まって喉の奥に入り、呼吸ができなくなるので、この舌を箸でつまんで引き出して、人工呼吸を行ったという。凄惨な光景だったと語られた。
鉄筋でできた立派な防空壕に爆弾が落ちて、防空壕ごと反転してしまい掘り出すことが困難を極め、中に37人いて、1人しか助からなかった。
田無の駅前で起こったできごとだった。
すっかり顔見知りになった市職員の方が、地図を見ながら、ちょうどこのビルの建っているあたりですよと、教えてくださった。
西東京市に住んで何年になるのか。
地元の佐々病院で生まれて、ずっと母の実家は田無にあって、12歳からはその家で暮らしている。
平和教育と繰り返し言いながら、学校はわたしに何を教えてくれたのだろう。
中島飛行機という軍事上の重要拠点があり、ここを狙った空襲が、東京の空襲のはじまりだったという。
長崎に落とされたのと同じ形の爆弾(模擬原爆)が、柳沢に落とされたことを、なぜ、わたしはついこの間まで、知らなかったのだろう。
戦争の思い出が、これほど身近にあったとは!
アスタセンターホールで毎年行われているイベントで、戦争の実体験を語って貰ったのは、今年が初めてだったという。
貴重なお話を聞くことができた。今年は、終戦から70年。戦争の記憶が、実は、生々しいものであることを、思い知らされる一日になった。

未来のために近現代史を学ぶ会

2015年3月14日(土)、芝久保公民館にて、未来のために近現代史を学ぶ会が開催されました。
この会は、武蔵野大学副学長の中村孝文先生をお迎えして講義を受ける会と、じぶんたちの勉強会を交互に開催してゆくものです。

昨年末の紅白で、「ピースとハイライト」(サザンオールスターズ)が話題になりましたが、その歌詞にもあるように「教科書は現代史をやる前に時間切れそこが一番知りたいのに何でそうなっちゃうの?」
きちんと現代史を学ばないままに大人になって、大人になってからもだいぶ時間が経ってしまいました。けれども、勉強をしたいと思うことに年齢制限はありません。学びたいと思ったときが旬なのです。
年齢層の高い集まりではありますが、中村孝文先生が参加してくださって、勉強会を支えてくださることになりました。
若いみなさんのご参加もお待ちしています。来る者拒まずです!
3月15日の講義は、ツイキャスでリアルタイムで放映もしました。ぜひ、ご覧ください。

次回の日程は、

2015年4月19日(日) 14:00~ 自主勉強会 於:芝久保公民館

Rock’n Rollienne in front of Studio ALTA

選挙応援に来てくれた友人の評によると、ロックンロリエンヌ顔に戻ったそうです。

カイキゲッショクのHIROさんと。HIROさんは、AIさんのだんなさまなのですね。

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トルーマンカポーティロックンロールバンドの三原さんと。DSC_0078

どう違うのかわかりませんが、ロックんロリエンヌ顔。^^v
ユーヤさん待ちの時間で、遊んでしまいました。DSC_0073

【西東京市】日本語スピーチコンテスト

10月5日に開催された「西東京市日本語スピーチコンテスト」の記録誌が届きました。
コンテストに参加したみなさんのスピーチ原稿も掲載されていて、楽しい一冊に仕上がっていました。

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市民審査委員の写真も載ってました。わたしの写真も!

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わたしの書いた一文も掲載されていました。下記、「市民審査委員をして」の感想です。


6年後のオリンピック、西東京市としてのおもてなしをどうするか、日本語スピーチコンテストにひとつ答えがあるのではないかと思いました。海外旅行をするときに、現地に友人がいるとより深くその土地の人たちと交流することができます。ぜひ、西東京市の外国人、3000人のマンパワーの協力を仰ぎ、日本人ボランティアとともに、日本と母国の橋渡しをしていただくといいのではないかと思います。日本語スピーチコンテスト、素敵な一日でした。ありがとうございました。

【西東京市】「盲導犬を知る・高齢者をみまもる地域力を知る集い」に参加しました

もう昨日になってしまいましたが、12月9日、コール田無で「盲導犬を知る・高齢者をみまもる地域力を知る集い」が開催され、参加してきました。

第1部は「高齢者のみまもりについて ~ささえあいネットワークについて~」

パワーポイントを用いての説明だったのですが、演台に立った4名の講演者がそれぞれの役を声で演じるという構成で、たいへんわかりやすく、こんな手法があったのかと、その内容はもとより、説明の工夫にも新たな発見がありました。
西東京市には、地域包括支援センターが8か所あり、相談を受け付けたり、成年後見制度の紹介や虐待の早期発見なと、地域に役立つことを専門の方たちが行っているとのこと。
向台町の地域包括支援センターに、さっそく行ってみようと思います。

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第2部は「補助犬同伴受け入れについて」

下の写真は、講師の安保美佳さんと、PR担当盲導犬のジョン(3歳)です。
ジョン君は、盲導犬として活躍するにはちょっと臆病すぎたのだそうで、PR犬として活躍中なのだそうです。
盲導犬の役割は3種類。階段など、段差のあるところを知らせる。障害物(行き止まり)を知らせる。もう一つを失念してしまいました。(<m(__)m>)
とにかく、盲導犬はナビゲーターというわけではなく、地図は飼い主の頭の中にあるのだそうです。わたしは、視覚障碍者が音声テープを聞く能力がたいへん高く、驚いたことがあるのですが、視覚障碍者の頭の中にある地図も特殊な能力につながるかもしれません。
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下の写真は、浅野麻里さんと盲導犬のフリル(9歳)。
浅野さんは、最初に声が録音できるシールの話をしました。
視覚障碍者がどのように家の中で暮らしているのか。たとえば卵の賞味期限。シールに自分の声で卵の賞味期限を吹き込んでおけば安心。また、そのシールは半分にちぎっても機能はそのまま。気になったのでネット検索してみました。(検索結果:タッチメモ
また、盲導犬がどのような性質をもつのかについて、先に話題になったオスカー(フォークで刺された盲導犬)については、盲導犬は痛くても我慢するというような教育は受けていないこと。盲導犬が大人しく、あまり吠えないのは、愛情をたっぷり注がれて育ったから、吠える必要がないのだと話されました。盲導犬は本当に大切にされて育つので、心がきれいなのでしょう。だから、飼い主の心も穏やかにしてくれるのだと思います。
ステージの上の盲導犬は、2匹とも、ほんとうに大人しく、穏やかな性質を彷彿させます
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とてもいいイベントで、勉強になりました。参加者がもっとたくさんいてもよかったのに、参加人数が少なかったことが残念です。

盲導犬は飼い主のみならず、接する人すべてを癒す力を持っているような気がします。犬の姿をした天使かもしれません。

【西東京市】「社会リハビリテーションと社会生活力支援」に参加しました

きょうは、田無総合福祉センターで行われた「社会リハビリテーションと社会生活力支援 ~障がいのある方の自立とQOLを高めるために~」に参加しました。
学校でいくら勉強しても、実際に社会にどのように溶け込んでいくかというのは全く別の話で、元筑波大学大学院教授の奥野英子先生の講義はたいへん勉強になりました。
奥野先生は、お若いころにパラリンピックで外国人選手と日本人選手とが、まるで大人と子供のように勝負にならない姿を見て、その原因がリハビリがきちんと行われていないからだと考え、障がい者にとっての本当の意味でのリハビリテーションとは何かをずっと追求してこられたのだそうです。
社会リハビリテーションは「社会生活力を身につけることを目的としたプロセスである。社会生活力とは、様々な社会的状況のなかで、自分のニーズを満たし、最も豊かな社会参加を実現する権利を行使する力を意味する。」と定義されています。
講義の後半では、奥野先生が監修されたDVD「社会生活力プログラム」も上映されました。
はじめ暗い目をしていた障がい者が、社会生活力を身につけて、目が生き生きと輝いてくることに気づきました。
だいぶ以前のことですが、視覚障がい者の聴力が優れていることを取り上げたTVのニュース番組がありました。今でも鮮明に覚えているのですが、「きゅるきゅる」としか聞こえないテープを、視覚障がい者は聞き取ることができ、このスキルを活かすことができれば、特殊技能の持ち主として、社会で活躍できるだろうと思ったのです。
また、聴覚障害をもつ方と、以前勤めていた会社で友だちになったのですが、彼は唇の動きで何を言っているかがわかりました。ものすごい能力です。このスキルを身につけるのは並みの努力ではなかったようですが。。。
いつのタイミングからだったかは記憶がないのですが、企業も障がい者をちゃんと雇用するという動きが生まれ、80年代の終わり頃に勤めた外資系の会社では車椅子の女性が働いていました。2000年代になってからだったと思いますが、某日本企業でも、車いすの方たちを雇い始めました。
一緒にお昼ご飯を食べたり、飲み会に参加したりして、彼女たちと接するうちに、人間性の奥行に触れて、感動することがしばしばありました。何より、「働く」ということを、ありがたいことと感じていることが、わたしにとっては驚きでもあり、新鮮でした。確かに働くことができるということはありがたいことに違いはありません。(※不当な安月給はありがたくなりです。←念のため)

わたしは、ダイアログ・イン・ザ・ダークというイベントにも興味があるのですが、まだ参加したことはありません。
これは、視覚障がい者のサポートを得て、暗闇を体験するというものだそうです。いつか行ってみたいと思っています。