その日に使わないと消えるお金

PayPay やら、LINEPAYやらで、使うとポイントをくれるのを見ていて、電子デバイスをホームレスに渡して、毎日コンビニでその日にだけ使える百円を渡せば、少なくとも餓死はしないだろうと思った。ホームレスに電子機器を渡すのが困難だが。

TVで川と温泉がうまく混じりあってできる仙人風呂を見て、無料というので、浴場が無料であれば、ホームレスは身体を洗えると思った。仕組みが出来あがれば、ホームレスも身体が汚れないので、一般の人と同じだ。

ところで、電子マネーで、その日に使わないと消えてしまう生存に必要なお金を、全ての人に配るというのはどうだろう。
貯金はできない。しかし、少なくともその日に使う必要最小限のお金はある。憲法25条が実現する。

人間がもう少し、上品に生きれるのではないかと、ふと思った。

憲法と音楽

「歌でつなぐ憲法の話」志田陽子武蔵野美術大学教授の講演というか、公演が昨日ありました。
志田先生は安保法制違憲差止訴訟の筆頭原告でもあり、2016年4月、安保法制違憲訴訟の集会で出会いました。
一昨年、国分寺で行われたピアノ伴奏付きの歌とパワーポイントを用いた独特な憲法公演をはじめて観て、地元でもやりたいと思い、昨年は、西東京市民連合のキックオフ集会にお招きしました。
憲法を感覚的に捉えることのできる構成は、他にはなく、人権がどう大事なのか、難しい条文ではなく、歌に込められた祈りが骨にしみるようにわかるのです。
この試みは、理屈の部分をどう昇華させるのかが勝負所なのかもしれません。

先週の水曜日1月9日は安保法制違憲訴訟の会で行っている第11回目の読書会で、志田先生の意見書をとりあげました。
「人格権」の意見書の中には、じぶんの人生の作者という記述があります。
安保法制で皆怒りを感じているのですが、訴訟にのせるためには、被害を語らなければなりません。
こんなに怒ってイライラして情けない思いをさせられて、しかし、被害を語れと言われると難しいというのが実情です。
なるほど、わたしはわたしの人生の作者で、どのように生きるかじぶんで決めることができると考えれば、安保法制の被害は歴然とするように思われ、書けそうな気がするのではないでしょうか。
わたしは憲法9条のあるニッポンが好きで、その9条はきれいごとではなく、血で書かれた条文と考えているのです。
わたしの作品であるわたしの人生に9条は必要不可欠!その話は、おいおい書くことになると思いますが、きょうは志田先生のお話です。
実は志田先生とわたしは同じ学年です。不勉強なわたしとはだいぶ差がありますが、論理的な世界と、感覚的な世界の中間で生きている感じは、もしかすると通じる部分があるかもしれないと、勝手に思っています。
じぶんの人生の作者はじぶんということを、志田先生のステージを観てしみじみ思います。まったく新しい試みで、これをやろう!と実現するためには、やはり勇気が要ったのではないかと思います。やってみたいことを自分の人生でやるのだという意思の強さ。
わたしも、この勝手な人生を、より一層勝手に生きるための勇気を持ちたいと思います。