経産省前テントのこと

経産省前テントが襲撃されて壊された。
わたしにとってはある種、古巣の印象がある場所だ。
3.11のあと、何かせずにはいられないと思って右往左往していたところ、12月1日から経産省前に女性がとつきとおか座り込むという話を聞いて、わたしはシンパシーを感じ、その座り込み開始の初日、会社の昼休みを使ってホカロンをひと箱届けたのだった。そのホカロンは、3.11の直後に、計画停電に見舞われた東京を心配した北海道の友人が送ってくれたものだった。春先だったこともあり、ホカロンは使わないままだったので、わたしはテントの方たちに役立ててもらいたいと思ったのだった。
じぶんなりにいいことをするつもりで、ホカロンを届けに行ったところ、「一緒に座り込みをされますか?」と、きりっとした感じで言われ、わたしは内心うろたえた。
わたしはじぶんが座り込むということを全く考えていなかったのだ。
その代りと言ってはなんだけれども、福島の女性がいらっしゃるのであれば、我が家にホームステーしませんかと申し出た。そんなこんなでテントのみなさんと親しくなって、2012年3月ごろ、ブログを作ってくれないかという話になって、わたしはサイトを立ち上げた。
そのアーカイブは、下記のページ。

http://onlysky.info/totukitouka/blog/

当時、会社勤めだったこともあり、わたしは藤村操と名のった。なので、テントではしばらくみさおさんと呼ばれ、ミサオ・レッドウルフとまちがえられたりした。
脱原発は、わたしの原点である。そのテントに暴力をふるう人間は許せない。私利私欲でテントにかかわっている人は一人もいないのだ。

実は先週、つづけて原発がらみのイベントがあった。まとめて書こうと思っていて、後回しにしていたのだけれども、6日が緑茶会セミナー「福島原発事故は収束したか ~脱原発と私たちの暮らし~」講師:まさのあつこ(ジャーナリスト)だった。
安倍晋三もリスクなら、田中俊一もリスク。SPEEDIデータは隠ぺいされ、放射性廃棄物は行き場を失う。。。メルトスルーし汚染水がダダ漏れ、被ばく労働や事故原因未解明なままの再稼働。。。。。まさのさんの取材は綿密で、説得力があった。

10日は地元西東京市で行われた公民館市民企画事業「放射能除染と福島復興の行方」講師:塩谷照夫(三協興産㈱常務取締役ソリューション事業本部長兼東北支店長)だった。
ひどく不鮮明な資料で、開口一番朝日新聞とおいしんぼの批判だったので、期待せずに聞いていたのだが、基準がよくわからないグラフを用いて、年間100ミリシーベルトまでは安全だとか、被災者は4人家族で9000万円の保証を得ていると言うので、いったいどういう基準なのか質問したところ、急きょ集めた資料なのだそうで、説明はできないとのこと。。。。
グラフの方は、レントゲン(一瞬)と自然放射能(一年)とが並列的に比較してあるもの(かなり出回っているグラフ)で、安全神話の上塗りのためのグラフとしか思えないものだった。第一、自然放射能というのはいやおうなく浴びざるを得ないわけで、それにプラスしていくばくかの被爆が発生するのであって、自然放射能より低いから安全というのはとても不思議なのだ。レントゲンは浴びたり浴びなかったりの選択ができるが、自然放射能の方は、すべての人が浴びざるを得ず、それに加えてレントゲンだったり飛行機だったりの放射線量が加わって、さらに原発事故由来の放射線量が加算される。
単位が不明なのは、4人家族で9000万円という話も同じ。家屋に対する補償であれば、1回限りのはずだが、その他の生活保障は月々であって、いったいどのくらいの期間なのかが不明。。。ちなみに、わたしの友人は3年以上通帳の記帳をせずにいてATMで記帳したところ、1000万円を超える金額が入金され、ほぼ同額が支出されるとうい記帳がなされて、そんなに稼いでいたのかとびっくりしていた。
また、わざわざ西東京まで来て、被災者がパチンコをしているだの、外車に乗っているだのという言いたくなる神経がわからない。除染をしている会社の取締役が被災者を批判したくなる理由は何なのだろう?
極めつけは、除染作業は福島のためにやっているので、除染作業員をするにあたり、お金のためという人には帰ってもらうのだそうだ。何をか言わんやである。。。

ちなみに、下記は第五福竜丸の展示館にあったグラフ。こちらは納得のグラフだった。IMG_4828

テントを襲撃する人たちにとっての正義というのがいったいいかなる正義なのか不明なのだが、除染に従事する企業のトップの頭の中も不明である。
テントを襲撃したおじさんは背中に君が代が書かれたTシャツを着ていたのだけれども、天皇を信奉していることを正義とし、また除染企業は民主党を批判し自民党を礼賛していたが、要するに金儲けが正義なのだろう。
いずれも善悪の判断を善悪そのものにゆだねていないところが類似している。
わたしは象徴天皇制に賛同するものだけれども、襲撃者たちの天皇像は民主主義に寄り添う形での象徴天皇制には相容れない。また、除染企業が拝金的にふるまうに当たって、従業員に金のためではない倫理を求めるのは笑止だろう。

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