沖縄県庁を後にして、首里城行きは辞めにして、那覇に住んでいるWさんと待ち合わせることにした。国際通りも散策してみたかったので、県庁から長い通りを歩いた。
いわゆる観光地のお土産物屋さんもたくさんあったが、横浜中華街のような趣もあり、原宿竹下通りのような猥雑さもあった。
揚げたてのサーターアンダギーも食べた。
塩をかけて食べるソフトクリームも!
夜になって、Wさんと何を食べようか相談。当初、沖縄料理を想定していたが、いっそうのこと、地元の人が行く、ソーキそばはどうかという話になって、連れて行ってもらった。ゆしどうふそばが一番の高級メニューで、400円だった。とうふばかりのヘルシーメニューかと思いきや、ごろんとしたお肉が入っていて、美味しかった。
この後、「土」という名前のバーに行った。
岩上安見さんが定期的にイベントをしていた店とのこと。
暖流という名の焼酎を薦められ、飲んでみると、オーク樽で熟成したという泡盛は、バーボンのような香りがした。
後から入ってきたお客さんとしばらく話をしていたら、間もなく、ライブがはじまり、彼がミュージシャンであることが判明。プレゼントした「アベ政治を許さない」のバッジを胸に付けて歌ってくれた。
この店は、2階がフリースペースになっていて、イベントができるとのこと。
東京からツアーを組んで、ここでイベントというのもありかもしれない。
一人でふらふらしていたら、いい加減な食事をして、ホテルに帰っておしましだっただろうけれども、いい夜を過ごすことができた。
翌日は、9時半に県民広場に集合!ここから島ぐるみ会議の辺野古行のバスが毎日出ているのだ。9時ちょっと過ぎに広場に着くと、辺野古行きのバスですか?と声をかけてくださった。首から下げる番号札をいただいて、乗車を待つ。昼食は持参のこととあったので、近くのコンビニでおにぎりを買ていたのだけれども、お弁当のない人は、350円の沖縄風のお弁当も注文できた。
途中、トイレ休憩をはさんで辺野古へ。
このバスには32名が乗車。11時半過ぎに辺野古着。
経産省前よりもたくさんテントが並んでいた。
朝の座り込みに参加するには、近くの民宿に泊まるといいのだそうだ。
都ホテルはやはりちと贅沢だったようで、民宿だと安く泊まれる。
辺野古にはじめて来た人は、バスで、海辺のテントにも連れて行ってくれる。
こちらは19年間の闘い。
辺野古の海は美しかった。無粋なフェンスなど、なければいいのに。
沖縄は日本のハワイでいいいじゃないかと思った。もっとも後から、ハワイにもパールハーバーがあることを思い出し、ハワイはハワイで、裏の顔があるような気がした。
CAMP SCHWAB前のテントにもどって、しばらくすると、ライブがはじまった。一緒に座り込みをしている仲間のライブ。ボーカルの声は原田芳雄さんに似ていて、沖縄を歌う声は、少し演歌調でもあったが、よかった。
一曲目の終わりの方から、動画を撮影した。右翼の街宣車が行ったり来たりしてライブの邪魔をした。右翼の流す音楽を一緒に歌ってあげたら?などという提案も受けながら、ライブはおだやかに進行。時代の臨場感たっぷりだった。
ライブのあと、CAMP SCHWABゲート前をデモ行進。「沖縄を返せ沖縄に返せ」と一緒に言いながら歩いていたら、わたしもすっかり沖縄の仲間の一人になったような気がした。
辺野古が大好きになって帰ってきた。
余計なものはいらない。ほんとうに!
この日の夜は、前日につきあってもらったwさんに教えて貰って、ヒューガルデンを1杯400円で飲ませるというバーに立ち寄った。先客にご機嫌な3人連れがいて、なぜか、初対面のわたしに奢ってくれるという。ありがたくおごちそうになり、お礼に「アベ政治を許さない」の缶バッジをプレゼントした。「アベ政治を許さない」と思っている人かどうかは??だったけれども。
最終日は、午前中は観光客になり、首里城に行った。午後は、これもやはりwさんの推薦で、那覇にある不屈館に行ってきた。不屈館は、瀬長亀次郎(元衆議院議員)さんの行動の軌跡が保存されている。お客さんがわたし一人だったこともあり、親切にしていただいた。「島ぐるみ」の行動は、瀬長亀次郎さんの活動の流れをくむのだということも理解できた。
わたしにとっての初沖縄はレジャーでもなければ、リゾートでもなかったが、行ってよかったと思う。今度は宇都宮健児さんといっしょに、みんなで来たいと思う。東京から沖縄への連帯を示すために。