西東京市市議会の定例会が始まりました。
9:30から議会運営委員会とのことだったので、これも参加しようと出かけたのですが、請願がないので中止とのこと。10:00からの本会議を傍聴してきました。
7月30日に自殺してしまった中学生に関する質疑応答が午前中いっぱいつづきました。
人数の多い会派から順番に質問したのですが、2点気になりました。
ひとつは通報について。通報というのは、要するに告げ口なので、一般的にはしにくいことなのではないかと思います。通報しましょうと単に言っても、実際の行動にでるまでには、かなりのハードルがあるのではないでしょうか。密告バンザイの世の中は暗黒ですが、こどもたちのSOSは嗅ぎとる必要があります。ここらへんをきちんと話すというか、気持ちの橋渡しをうまくつけることができないと、いくら通報してくださいと言っても、実行に移すことのできる人は希なのではないかと思います。
もうひとつは、責任追及について。この手の話は、誰が悪いということを過度に追及すると、二次被害が出かねないと思います。子どもが死んでしまった責任を負うというのは、過酷なことです。一方で、自殺してしまった子どもに近かった人たちへの心のケアといいながら、助けられなかった人の責任を追及する。何か攻撃的な感情に襲われるのもわからなくはないのですが、心やさしいひとほど、じぶんを責めていることでしょう。仕組みの欠陥は洗い出すとしても、個人攻撃は極力避けねばならないのではないかと思いました。
きょうの質疑応答では、東京都児童センター所長だったという経歴を持つ市長に対し、その経験を踏まえての質問が繰り返しなされました。わたしもそのような経歴の持ち主ならではの見解を期待しましたが、特別な見解があるようには感じませんでした。
14歳で、義父に死んでくれと言われた少年。。。。議員は皆、ご冥福をお祈りしますと言っていましたが、冥福などできるのでしょうか。。。。まぁ、他に言いようもないのでしょうが。。。
[The Huffington Post]【中2虐待自殺】父親、ボクシングのグローブで長男殴る 長年続いていた暴力
[東京新聞]中2自殺で西東京市が研修会 ためらわず児相に通告を
ガザの子どもたちを襲った運命に対し、日本と言う平和な国にいて、無力感に打ちのめされる思いでいたところ、西東京市での中学生の自死事件が起こったのでした。
この少年の運命は、ガザで生まれたこどもに匹敵するのではないでしょうか。彼は日々、家庭という治外法権の内にいて、暴力に苛まれていたのです。
通報するということは、なかなかできないことだというのはわかります。実際、わたしの母は、毎日聞こえてくる泣き声に対し、わたしが通報した方がいいと言ったときに、できないと答えました。わたしはたまたま会社が休みになったときに、市役所に電話をかけました。もう引っ越ししてしまいましたが、家の裏手のアパートの一室から、毎晩同じ時間帯に泣き声が聞こえ、その泣き声がなかなか止まなかったのです。わたしはその子を見たことがありませんでしたが、通報しました。その頃、ネット上で虐待の話を聞かされていたので、通報することがいかに大事かを知っていたからです。わたしの母は決して冷たい人間ではありませんでしたが、ご近所と友好的に暮らすことを超えて、通報ということをしたがりませんでした。わたしも、家庭内で命や尊厳にかかわる虐待があることを知らないでいたならば、通報することなど思いも及ばなかったでしょう。こどもを泣き止めさせるのは大人の務めです。暴力で泣き声がかれることを泣きやむとは呼びません。子どもは子どもなので、いくらでもごまかせます。泣きやむように誘導するのは、暴力ではありません。ちょとした知恵を働かせば、子どもは笑うのです。どうか、大人たちが子どもの泣き声に、SOSに敏感になりますように。
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