愛について

某所で愛について書くと言ってしまったので、書くことにする。(引用だらけですが。。。)
わたしは愛よりも圧倒的に恋が好きである。
20代の頃、それなりにあれこれ悩んでいたわたしは、書物に答えを求めた。

恋とは何か。

恋とは狂気である。そして、この狂気を善きものとソクラテスは言った。

この狂気こそは、すべての神がかりの状態のなかで、みずから狂う者にとっても、この狂気にともにあずかる者にとっても、もっとも善きものであり、またもっとも善きものから由来するものである、そして、美しき人たちを恋い慕う者がこの狂気にあずかるとき、その人は「恋する人」と呼ばれるのだ。(「パイドロス」プラトン著)

記憶にまざまざと残る美しい人の面影は、この魂に喜びをあたえる。(同)

20代のわたしは、なるほど、自分は狂人かと思った。そして、そうなのであれば、それは仕方のないことだった。

さて、愛とは何か。

愛されたものが、自分に愛をそそいでくれる者を大切にいつくしむ場合には、愛をそそぐほうが、愛する相手をいつくしむ場合よりも、はるかに驚嘆され、愛でられ、優遇されるのです。なぜなら、愛する者には神が宿っていて、愛される子供たちより、はるかに神に近いからです。(「饗宴」プラトン著)

この分かりにくい一節には、訳注が付いていて、「その神に近いものをいつくしむことは、そのまま神に仕えることにもなるから、という意味であろう。」とあった。

すなわち、「愛する」は神の行いをまねるものではあっても、人間はしょせん神ではない。人間の分際でふさわしいことは、じぶんを愛してくれる者の愛を受け入れることである。(この解釈で間違っていないだろうと思う。)

ソクラテスから下ること、2400年、橋爪大三郎先生はその著書「陳腐で凡庸で過酷で抑圧的な民主主義は人類が生み出した最高の政治制度である」の巻末で「ほんとうの愛が見つからない理由」を書いた。

「ヨーロッパ的ラブ、日本的愛」という見出しで、橋爪先生は「神の愛を、聖書でラブと訳したのです。=略=愛の語源を遡るとギリシャ語にたどりつく。
ギリシャ語の愛には、三種類あるんだそうです。フィロス(知的な愛)、エロス(官能的な愛)、アガペー(無償の愛)、神の愛は、このうちアガペーである。フィロスもエロスも、対象に価値があるから愛することをいうんですが、アガペーの場合は対象に価値がないけど、いや、価値がないからこそ愛する。=略=無償の愛なんです。ちょっと人間には、真似ができない。キリスト教のラブは、もともとこんな、不可能な情熱を意味していたんですね。
=略=
いっぽう、日本語の「愛」ですが、これはもともと中国語でした。それが仏教用語として、入ってきた。仏教用語として、愛とは、ものごとに執着するという煩悩のこと。「四苦八苦」と言いますが、そのひとつに「愛別離苦」というのがある。あってはいけないもの、苦悩の源泉です。=略=明治になって、文明開化の最中に、キリスト教のラブを「愛」と訳したわけですが、何のことかわからない。自由恋愛の元祖である北村透谷なども一生懸命苦労して“恋愛”がよいものだと説きました。=略=それまでの日本には「夜這い」とか、男女のエロティックな関係はいろいろあったけれども、ヨーロッパのラブの場合のような、精神性、抽象性はちっとも含んでいなかった。=略=とにかく、日本人はヨーロッパ的なラブを理解する土壌を、まったく持ち合わせていなかった。=略=透谷は、これではだめだと思って、「恋愛」という言葉の普及をはかり、なおかつ自分で実践してみせたわけです。その結果、日本中の女学生が興奮して、自由恋愛に憧れるようになった。
自由恋愛のブームは、大正、昭和と続いていくわけですが、あくまでも夢にすぎない。実際にはなかなかできるものじゃなかった。=略=この、愛に関する理想と現実のギャップを、日本人は結局、戦後まで持ち越してしまった。
=略=
愛というのは、一種のイデオロギーです。
=略=
明治以降、愛情の代わりに幅をきかせていたのは、「純潔」という観念。セックスの汚染を免れていることに価値がある、というイデオロギーです。=略=純潔のイデオロギーが崩れたのは、昭和四十年前後と思いますが、これは従来の“家”の崩壊ともつながっている。=略=ただし、だからと言って、愛のイデオロギーが確立したのかというと、かなり疑問がのこる。ヨーロッパ的な愛は、やはり宗教と不可分のものなのであって、宗教を信じていない日本人は、そいういう意味での愛を、やはり信じたことはないと思うのです。

以上、ご参考まで。

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