義弟のこと

義弟、妹の連れ合いである。
サーフィンが好きで、海の近くに家を建てた。
その義弟が交通事故にあったと今年の1月1日聞かされた。
しかも脊髄損傷で寝たきりだという。
足の先がほんの少し動く。それでも事故当初よりはだいぶ回復したのだと。。。。
妹は異母妹で一緒に育ってはいないこともあり、いがみ合ってはいないが、緊密な交流が始終あるわけではない。で、わたしに重大事故の話が届いたのは、事故から2カ月経過してからのことだった。
都知事選で忙殺されていたこともあり、また、家も海のそばで、西東京市から近いわけでもなかったので、見舞いに行きそびれたまま、3月も終わろうとしていた。
いくらなんでもじぶんはひどすぎるのではないかと思い、妹に電話したところ、所沢にある障害者リハビリテーションセンターに入院しているという。
家から30分でいける場所に、義弟は移っていた。
妹は私の家の近くであることを認識していなくて、近いなら見舞いに来てくれと言う。
なんでも2泊3日で、介護の講習を受けつつ、患者と24時間付きそうというのをこの金土日でするのだと聞いた。
で、西東京市議会の傍聴を午前で切り上げて、お見舞いに行ってきたのだ。
義弟は、足がかなり動くようになっていて、自力というわけではないが車いすに乗ることができるまでに回復していた。
あまりにものすごい事故に遭ったため、家の35年ローンがなくなったそうで、よかったんだか悪かったんだかみたいなことを言うので、よかったとも言い難かったが、あちこちの保険のお蔭で、家族の生活は大丈夫そうだった。
本人も元気そうで、ひどい事故の割には回復しているとのことで、これからも伸び代がありそうだった。
かつて女優志望だった妹は甲斐甲斐しく看病をし、劇団で出会った役者志望だったはずの義弟は、顔を元に戻してもらったとのことで、元通りのハンサムくんだった。
あちこち動かないという不幸を数えるのではなく、動くようになったという幸福を確認している夫婦は、少しまぶしくもあった。献身的に介護できる連れ合いと巡り合うことができるのは幸いだろう。
母はかつて、母の友人が結婚するときに、将来、連れ合いが病に倒れたときに、じぶんは義務的な介護はするだろうけれども、献身的な介護は無理だと言ったと話したことがあった。その女性の気持ちが、ずっとそのままだったのかはわからないけれども。

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