私見 靖国神社

靖国神社についてつらつら考えていたら、今朝のニュースで昭和天皇実録が公開されたとのこと。いい機会なので書いておこうと思います。
今、西東京市議会が開催中で、わたしも陳情を出していますので、他の人の陳情も気になって、参考配布となった陳情についてもコピーを貰って来ました。(※各委員会に付託になった陳情は田無庁舎3階の事務局窓口のところに置いてありますので、誰でも自由に貰えます。参考配布になったものは、委員会に付託されず、一般には配布されていませんので、窓口に言って貰いました。)
そのなかに「総理大臣及び国務大臣に靖国神社参拝を積極的に行うことを求める意見書に関する陳情」というのがありました。
なぜ、総理大臣及び国務大臣なのでしょう?靖国神社にもっとも行くべきなのは、天皇その人なのではないでしょうか?「内閣総理大臣万歳」と言って死んだわけではなく、「天皇陛下万歳」と言って散ったことを思えば、ころころ変わる内閣総理大臣やすぐに顔も名前も記憶から遠ざかるその他の大臣によるお参りがそれほど有難いとも思えません。

毎日新聞
昭和天皇実録:靖国神社不参拝の経緯…「富田メモ」を追認

A級戦犯が祀られたのを機に、昭和天皇は靖国参拝を辞めました。聴くところによるとA級戦犯というより逆賊が祀られたからだそうです。もちろん、昭和天皇の本当の心の内がわたしにわかるはずもないですが、そのように解釈した方が東京裁判自体の問題点などを考慮しなくてすむので、わかりやすいのです。要するに、昭和天皇は第二次世界大戦など望んでいなかった。それなのに、戦争に導いた逆賊を靖国神社がわざわざ祀った。したがって、陛下はお参りを辞めてしまったというわけです。

なぜ、靖国神社にお参りすることが正しいこと、日本人としてすべきことと考える方たちは、天皇陛下に対し、お参りしてくださいと言わないのでしょうか?請願等で、言っているのかもしれませんが。。。とにかく、総理大臣に言うより、その方が軋轢は少ないのではないかと思います。なぜなら、憲法上政教分離がなされていることから、神社がらみのことは天皇陛下にお任せする方がすっきりするはずなのです。「天皇は国政に関する権能を有しない(憲法第4条)」とはありますが、神社にお参りするのは国政に関する権能ではないので、自由にできるはずです。(ものすごく政治的ではありますが。。。政教分離の正しい使い方としては、自由にできるとしか言いようがないでしょう。)

内閣総理大臣はお参りしたければ、個人としてすればいいのです。個人の気持ちですと言って、お参りすればいいのであって、肩書を喧伝する理由がない。いや、実はあるのでしょう。それは、要するに天皇がお参りしないことと背中合わせの心理的な軋轢なのです。(※明らかに国内問題です。)

本当にややこしい国です。保守と言われる人たちが憲法に反対し、リベラルな人たちが護憲と言います。護憲と言いながら1条に反対の人たちもいて、また、1条に反対に着眼すると、天皇元首がいい人たちと、天皇廃止がいい人たちがいます。。。。ちなみにわたしは国民主権&象徴天皇に賛成です。被災地に赴く、今上天皇、明仁殿下のお姿は美しいと思っています。
従って、わたしは、「憲法第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」についても、護憲を主張します。

ところで、天皇を政治利用してはいけないと言います。それが憲法に書いてあるとのこと。どこにでしょうか???とにかく、天皇の政治利用はダメなのだそうですが、それは悪用がダメなのではないでしょうか?朝起きてから寝るまで、生れてから死ぬまで、これほど政治的な存在が日本に他にあるでしょうか?どう転んでも政治そのもの。1945年8月15日に日本を平和にできる権能を有していた存在が、そう簡単に無毒化というか、無政治化されるはずがない。

わたしは天皇の政治利用云々と、法の支配と法律の支配というのがとてもよく似ているような気がしています。すなわち、「悪法もまた法なり」は法律の支配であり、これは暗黒の世界を意味します。「悪天皇もまた天皇なり」も同様でしょう。天皇が何から善きものの象徴であるということと、天皇という名前を冠せばすべて善であるというのは、全く別のことです。何かしら真に善きものを象徴するという意味において、わたしは象徴天皇制に賛成します。もし仮に、悪しきものを体現するのであれば、主権者として反対します。従って、天皇元首などあり得ない。あくまでも、主権者はわたしたち国民です。恐らく、今上天皇もその意見に賛同されるでしょう。わたしは、象徴天皇がいかなる存在であるか、もっともよく理解しておられるのが、明仁殿下その人であるように感じています。哲人政治風味民主制とでも言いましょうか。

さて、話を戻します。
靖国神社です。昭和天皇の戦争責任というのは、今でも根強く語られています。昭和天皇その人が、靖国に参ることを辞めた。この重さは、まさに戦争責任故なのではないでしょうか。第二次世界大戦を望まなかったという点において、天皇という立場で、戦争回避について、できうることは行ったという意味においてしか、戦争責任はまぬかれようがない。だからこそ、A級戦犯(=逆賊)をお参りするわけにはいかなかったのです。「天皇陛下万歳」という多くの国民の声が裕仁天皇の耳にこだましていたことでしょう。逆賊と国民は別だったはずです。また、裕仁天皇が命が惜しくて戦争責任をまぬかれたというのも当たらないでしょう。裕仁天皇が象徴天皇として存在することが、日本の戦後処理を成功させるには欠かせなかった。国をまとめるのに自分が必要だったから、戦争責任ありで退位のしようもなかったのではないでしょうか。

明仁殿下がどのようにお考えかはわかりませんが、戦争責任ということであれば、明仁殿下には責任はないように思われます。明仁殿下が靖国神社にお参りしない理由は奈辺にあるのでしょう?総理大臣が余計なことをしているので、明仁殿下がお参りしにくくなっているということはないのでしょうか?それでも、みなさんは、内閣総理大臣に靖国に参拝して欲しいのでしょうか?

わたしたちはいろいろなものを欲しがりますが、本当に欲しいのは何なのでしょう?靖国の話は何かとてもねじれているように思います。外国の内政干渉のずっと手前でねじれているのです。

内閣総理大臣は内閣総理大臣としてお参りするのはやめる。(行きたければ個人的に。仰々しくなく行く。)
天皇陛下はそのお心のままに、お参りする。(国民と一緒にお参りでもいい。遺族も喜ぶ。)

これで、国内外ともに納得するのではないでしょうか。

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