母校 、保谷高校の文化祭に行ってきました。
校舎が大規模改修になると聞いて確か一昨年、同級生と一緒に写真を撮りに行ったのです。すでに大規模改修は終わり、新しい校舎での文化祭でした。
演劇部の時間に間に合うように出かけたのですが、3年生の演劇の「誠」の文字にどちらを見ようか迷いました。ちょうど高校生の頃、わたしは新撰組の大ファンだったのです。(※土方歳三派)
ちなみに、パンフレットには「誠」の文字と「願わくば花の下にて春死なむその如月の望月のころ」と西行の歌が書かれていて、どこの時代をどう切り取ったのかとても気になりましたが、予定通り演劇部の公演をみることにしました。

演劇部は「大祥言ノ葉ロマネスク」というタイトルで、大正時代らしい時代背景で「言葉狩り」が帝の命によって行われ、という表現の自由を題材にした意欲作でした。帝はとても人間的に描かれていて、小柄な風貌は昭和天皇を彷彿とさせ、あろうことか劇中、土下座をするのです。。。。わたしも世が世なら不敬罪だと言われることがたびたびあるのですが、いまどきの高校生の感覚とまたそれを許容する校風にある種の安堵を覚え、また、いまだにどこかタブー感があるらしい天皇に対し、高校生にはどうやらそのようなタブー感はなさそうであることにも、人知れず喜びを感じました。
演劇部の公演後、きれいになった校舎の中を一周してから、吹奏楽部の演奏を聴きました。部員43名という充実ぶりで、オリジナル曲もあり、楽しめました。
わたしは6期生なのですが、今年の一年生は43期とのこと。新設校だったのが、40年を超える歴史ある学校になっていました。吹奏楽部はOBも含めて活躍していて、市内各地で演奏会を開いているとのことです。
演劇部の演技も上手でしたが、吹奏楽部もなかなかの腕前でした。彼らの中からプロが出てくるかもしれません。楽しみです。
わたしは第11代生徒会長でもあったので、生徒会が気になりました。今の生徒会長の名前が紫陽さんと書かれていて、ペンネームとも思えないので本名なのでしょうが、女性なのでしょうか?会ってみたかったです。
下記は、生徒会の出展。わたしたちのころの生徒会誌が展示されていて、思わず写真を撮りました。なつかしぃ~!

下記はちょうどわたしが1年生だった頃と2年生で生徒会長だった頃のものです。担任の五味先生のお姿もあります!五味先生はわたしたちが卒業した年に結婚して名字が変わったのでした。(奥様の姓を名乗ることになったのです。当時の高校生心に、とても斬新なできごとでした。)


下記は、むらさき第3号に掲載された生徒会長の文章です。だれが間違えたのか、わたしのなまえが「あづさ」になっています。
文章を読んでみたところ、一般生徒が生徒会に関心がないことを嘆いています。
なんの進歩もないのが、わたしなのか、世の中なのかはわかりませんが、当時16歳のなげきは、52歳となった今でもほとんど変わりません。高校の3年間はあっとゆう間に終わりましたが、3.11から3年半、こんな時代に投票率が低いなど、考えられないことです。

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