10月9日 リトアニア日記

成田では偶然が重なった。
反原発連合の久保田直己さんがお仕事でヘルシンキに行くそうで、途中までご一緒した。チバレイが顔見知りだったので、紹介して頂いて一緒に写真を撮る。
ヘルシンキでも一緒に記念撮影しましょうねと言っていたが、ヘルシンキのトランジットがぎりぎりでそんな時間はなかった。成田で写真を撮っておいてよかった。


※前列一番前右端がわたし。その左となりが久保田直己さん。

成田でチェックインカウンタに並んでいたら、こんどはヒカシューの巻上公一さんにお会いする。こちらもチバレイつながりだったのだけれども、わたしにとっては、やはり1980年前後のニューイヤーロックフェスティバル。
ステージ上でなぜか『イヨマンテの夜』を歌いあげた巻上さんを鮮明に覚えている。

参考:NYRF 070809
※ちなみにこのサイトはRock’n Rolliene制作なのです♪

巻上さんは、モスクワ、タリンを回って、ビリニュスでジャズフェスティバルとのこと。13日土曜日にコンサート!絶対行きます!

Vilnius Jass 25

下の写真はほんの一瞬しかいられなかったヘルシンキ。
空港のトランジットで、早足で移動しながら、ムーミンショップを尻目に移動。帰りもヘルシンキ経由だと思うが、やっぱりぎりぎりなんだろうな。。。

リトアニアの首都、ビリニュス着。空港の荷物受取所で日本人の声がすると近づいてきた若い日本人女性がいた。ビリニュス大学に留学中のOさん。早速、ホテルまで案内してもらうことになった。
わたしは荷物があるので、タクシー(※かなり安価)で行くことを提案したが、公共交通機関を使いたいという皆の意向でバスに乗ることになった。最初に思い込んでいたホテルのある通りが勘違いだったために、大荷物を抱えて、ビリニュス旧市街で迷走することに。。。
結局、タクシーを呼ぶことになった。だから言ったじゃないかと喉元まででかけたが、皆、 口々にいい経験だったと言うので、この仲間の前向きな姿勢に圧倒される。

ホテルに帰ると、今度は、日本語が堪能なリトアニア女性が待っていた。今井一さんを待っていると言う。リトアニ語のお名前が耳慣れず、日本に滞在していたときもそう呼ばれることがあったというので、さっそく、ユリさんとお呼びすることにした。ご本人もそう呼ばれることが懐かしいようで、喜んでくださった。日本に7年間滞在されたユリさんは、見事な日本語を話し、今はビリニュス大学で日本語を教えているという。留学生のOさんとユリさんもわれわれを通じて出会うことになり、二人の話もはずんでいた。
今井さんがなかなか到着しないので、お二人をお誘いして皆で食事にでかけた。
ユリさんに今回のリトアニアでの「原発」国民投票についてお尋ねすると、(議会で国民投票の実施が承認される以前の)4月からずっと話しているので、少々飽きてきたとのこと。また、十分な情報が出されていないと のことだった。

この日は今井一さんにはお会いしないまま、一日が終わった。

 

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