今週の畑

今週の畑最初はこんな感じでした

今週の畑はこんな感じでした。
雨が強く降ったので、土の表面が固くなっています。これを柔らかくするために、道具をつかって表面をさっと掘り返す感じで、なぜていきます。

上から二枚目の写真にある道具はヨーロッパのものだそうで、保谷先生は名前を忘れたとおっしゃっていました。

雨が降ったので土の表面を柔らかくします

実際にころころと転がしてみると、気持ちいい感じでころがって、土の表面を掻いているような感触でした。

これも土の表面を柔らかくするものです

 

 

 

 

 

3枚目の写真にある熊手のような道具(熊手でいいのかな?)も、同じく土の表面を柔らかくする道具です。

表面を一通り軽くなぜていきます。

 

 

土の表面を平にします

次に、土の表面を平にします。

保谷先生は鮮やかです!

 

 

 

 

 

土の状態が整いました

準備完了です!

 

 

 

 

 

 

マルチを敷きます

今日もマルチを敷いていきます。ビニールに書いてある字が読める方を上に向けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルチの端をひっぱります

しっかり張っていきます。

皺にならないように体重を使います。左右の足でビニールを踏んで土をかぶせます。

 

 

 

 

 

 

 

カブの種

一列はカブです。播種は3粒ずつです。

 

 

 

 

 

 

3粒ずつ種まき

種が3粒入っているのが見えるでしょうか?この穴はペットボトルの蓋を土の表面に押し当てて開けました。カブの種は青みがかった仁丹のようです。
カブは上等な種を買わないと、割れてしまうのだそうです。

 

 

 

小松菜の種

小松菜と春菊は半列ずつ播種をするのですが、霜に弱い春菊を、日がよく当たる方に植えることにして、手前に小松菜の種を撒きました。

前回の種(ほうれん草)よりも少し小ぶりですが、色は同じ青です。

 

 

3粒ずつ種まき

3粒ずつ播種しました。

 

 

 

 

 

 

春菊の種

コーティングなしの種が新鮮に思えました。春菊の種は、4粒から5粒撒きました。

東村山散策

小島くん(シェフ)、黒島くん、美太郎さん、山口

日曜日、Facebookで再会した高校時代の同級生とミニ同窓会をしました。
場所はクラスメートの小島くんのお店「ロ.スティバーレ」。
ここでも国葬談義になったのですが、オリビア・ニュートン・ジョンがオーストラリアで国葬になるとか、マラドーナがアルゼンチンで国葬になったとか、素直に納得できる人物名がでてきて、なぜ我が国は。。。と不思議でなりません。
ここらへんをよく散歩するという美太郎さんが、都内唯一の国宝がこの近所にあると教えてくれたので、帰りに寄ることになりました。

正福寺地蔵堂(通称:千体地蔵堂)、パンフレットによれば、建立は1407年だそうです。1000体を超えるお地蔵様が堂内に祀られているそうで、都内唯一の国宝木造建造物なのだそうです。
思いがけず観光気分になったので、駅の反対側にも行ってみました。

実は大学教授の美太郎氏とアイーン。

使わないと消えるお金

ときどき、脳裏に浮かんでくる妄想なのですが、「使わないと消えるお金」をありとあらゆる人に持たせたらどうなるでしょうか。
電子マネーで午前0時に100円が発生し、この100円は24時間以内使わないと消えてしまうのです。
が、使っても使わなくても、午前0時には100円は常あるという状況を作り出すのです。
西東京市は安っぽいカードに「プレミアムカード」と印刷して、5000円で7000円分使えるカードを発行しましたが、スマホのある人はスマホに、ない人はカードに100円が午前0時に追加されるのです。このお金は貯蓄不能なのですが、すべての人が手持ちが一銭もないという状況を作り出すのです。
そして、このお金は使わないと消えてしまうので、使わないでいて翌日200円にはならないのです。
100円では暮らせませんが、朝起きたときに、少なくとも100円が手元にあれば、餓死はしないはずです。
このような状況を作り出すのに、いくらかかるでしょうか。
100円を使うことを楽しみにする人も出てくるでしょうし、このカードマネー用の商品も出てくるでしょう。
これに対して、たかだか100円を使うためにどこかの店にいくのは面倒だという人も大勢いるでしょう。
国家でなくてもいいので、ソフトバンクとか楽天とかが、魔法の100ポイントサービスを始めてくれてもいいです。
ちなみに、経済学者がそのうち解説してくれると思いますが、コロナ禍で税金のかかるお金をばらまいてくれたお蔭で、市の税収はかなり増えたようなのです。
国家が仕組みを作って国民全員に配ってくれるのであれば、この100円は課税の100円で、年間で使った分を所得として換算してもいいです。
そうすれば、消費税と所得税が同時にかかる100円をわざわざ使うことにエネルギーを使う人は、減るでしょう。
税金のかかりようのない人だけが使うことになれば、予算も少なくてすむでしょうし、消えるお金でコーヒー一杯の売上が伸びれば、コンビニの経営も改善するかもしれません。
餓死のしようがなくなる国をつくってみたいです。

離婚談義

夕方のNHKを視聴していたところ、両親が離婚し、一緒に住んでいない親に会えないとか、父親の話をすると母親が機嫌が悪くなるとかの話を放映していて、わが身の特殊ケースを紹介してみようという気持ちになりました。
ご参考までに、書いてみます。

わたしは生まれたとたんに両親が諍いをはじめ、兄の親権を巡って裁判沙汰にもなり、1歳で離婚成立という過激な生い立ちなのですが、じぶん自身はあまりに小さかったので、両親の喧嘩を記憶していなく、幼い頃のわたしは祖父の膝の上で、祖父の絶対の後ろ盾を疑うこともなく、この家(母の実家)の中心は自分であると言う幻想の元に育ちました。
長じてから友人のようになった異母妹が言うには、「あーちゃんは大人の配慮がある育ち方をしている」とのことで、それは確かにそうだっただろうと思います。
わたしの中には、結婚離婚に関する偏見が皆無なのです。

つい先日、学童のバイトをしたのですが、某小1が、「結婚してないの?」「子どもも生んでないの?」と聞くのです。
「そうだよ」と答えましたが、6歳のオリジナルな発想による問いかけとも思えず、誰かに植え付けられた考えがあるのだと感じました。

わたしの生い立ちは、そのような価値から完全に保護されていたように思います。
つまり、いじけた子どもになってもらったら困るという配慮が、結婚の大いなる価値を幼子に吹き込むということをしなかったのです。
その代わりに、明治生まれの祖父母は恋愛結婚だったそうで、祖母は幼児だったわたしに、「おじいちゃんとおばあちゃんは恋愛結婚だったのよ」と言い続け、少し大人になった孫に祖母が言うには、じぶんのお姉さんが重い病気になったことがあって、そのとき、見合いの結婚相手が決まっていて、もしお姉さんに何かあったら、代わりにその家に嫁に行けと言われたどうしようかと思っていたと言ったりしました。

というわけで、わたしは結婚の価値ではなく、なんだかよくわからない「恋愛」というものが重要らしいと言う価値観を持つことになりました。
それが理由で結婚しなかったわけでもないのですが、恋愛を犠牲にして結婚しようという発想はじぶんの中には皆無だったのは確かです。

さて、NHKの特集にあるような離婚後の父との面会ですが、父に遊んで貰った記憶もなく、父に会いたいという発想はわたしの中にはなく、また、父がいないということについては、わたしには、世間一般の父よりも一段格上の祖父がおり、その存在の大きさによって、わたしは何ら不足を感じることもなかったのです。

住まいが近かったわけでもなかったので、幼児の頃に父に会った記憶があり、その後、小学生の頃にも会った記憶があり、それは決して頻繁ではなく、ぽろっと会う機会があって、父という生き物がいることを認識はしていたのですが、父に対する感情というのが、じぶんにはよくわからず、大学入学の際にスポンサーにはなってくれて、そのときはとくに有難いとも思っていなかったのですが、ロースクールに行きたくなってしまったときに、とりあえず自分が大卒であったので、行こうと思えばすぐにローに入ることができることについて、感謝する気持ちになり、父にお礼をいったところ、お礼を言われた父は、驚いた顔をしていました。

わたしには、兄弟姉妹がすべているのですが、その誰とも一緒に育っていなくて、繁殖力の強い個体であった父に、他の兄弟と一緒に会うのは落ち着かず、会うのであれば、一人で会わないと、なんだかしっくりこない印象もありました。

その父もこの春、亡くなったのですが、思いの外ショックを感じていて、ネット上に何も書かずにいました。
葬儀のときに、異母姉とも会ったのですが、みんなで話していて、この姉のお母さんが父のことを一番好きだったのではないかと思いました。
姉は、その母親から聞いた父の学生時代の青春の思い出を語ったのですが、美しい思い出のようで、不思議な印象を持ちました。
姉の母親は、父の悪口を言ったことがないそうで、わたしの母は父の悪口も言っていましたが、批判と称賛をバランスよく語るようにしていたそうで、なぜかというと、子どもがじぶんの父親を劣った人間だと思って育つのはいかがなものかと思っていたからのようで、憎しみを植え付けるというようなこともしなかったのです。

加えて、異母妹が言うには、一度食べたことのあるわたしの母の料理が、父の好きな味付けで驚いたそうで、「パパは女遊びはしたかったけれど、あーちゃんのお母さんと離婚したくなかったんじゃないの?」と言われて、こんな会話ができる異母姉妹も珍しいだろうなと思いました。

兄は両親が同じ兄ですが、父が溺愛していて手放さず、父方で育ちました。
この兄が、「葬儀に来てくれて、あずさは偉いね」というので、「別に恨んでないし」と言いました。

奇妙な崩壊家庭です。
もちろん父母の離婚の際にはかなりの修羅場だったはずですが。

西東京市役所が心配になった件

今日は予算特別委員会を傍聴しました。
10時からのはずが始まらず、まず理事会とのことで、一旦自宅に帰って、何度か電話で確認して、結局午後1時過ぎから4時45分(終了)まで傍聴しました。

事務的なミスがあり、各所管課が登録し財務課が本登録をするとのことで、その業務手順について質問がありました。各所管課から財務課へは、直接依頼があるか(口頭でということか?)、電話での依頼とのことで、とてもアナログな印象を受けました。今どきのシステムは、所管課が登録すれば自動的に財務課にデータが送られるくらいのことは当たり前だと思うのですが、なぜ、そうなっていないのでしょう?

・ベテランの職員がいない
・異動で仕事のわかる職員がいなくなる

というような指摘がありましたが、熟練を要する仕事とは思えません。なされるべきIT化がなされていなくて、それに誰も気づいていないのが問題と思います。

もう一つ、書面の数字が合っていないという初歩的なミスが指摘され、チェック体制が甘い云々でやり取りがあり、担当者が「電卓を叩いてチェックする」との発言に耳を疑いました。
また、ここに突っ込みが入らないことも不思議で、傍聴席から発言したくてうずうずしましたが、傍聴席はおりこうに座っている以外は認められないので、スマホでメモを取り続ける以外に、何もできないのでした。なので、ブログに愚痴を書いております。

ミスの発生を防止するために、課長が「電卓を叩いてしっかりチェック」と部下に命ずるようなのですが、わたしが部下だったら、ばかばかしくて仕事をする気にならないでしょう。
システムからはcsvが吐き出せるはずで、それをエクセルで開いて、彼らが紙ベースでしているらしいチェックをエクセルでする手法を伝授したいです。
この手の業務を、今どき電卓叩いてケアレスミスがでないように徹底チェックしていたら、みんな過労死するのではないでしょうか。
PCをまともに使える部下は、ばかばかしくてメンタルがやられそうな気がします。この手の仕事で電卓を強要されたら、わたしなら辞表書きます。上司のスキルが低すぎると言うのは、耐えがたいのです。
今どきの学校はもっとまともなことを教えているでしょうから、スキルが低いのは上司の方で、部下ではないだろうと思います。
もっとも、この空間に順応して数年が経過したら、スキルも伸びませんし、世間一般のIT事情からは置いて行かれることになるでしょう。
西東京市役所がとても心配になりました。
一人一台パソコンがあるんですよね?
そのパソコンにエクセル入ってますよね?
一度わたしを講師に呼んで貰えませんか?ボランティアでいいですから。

手話講座

地元西東京市で手話を習っています。

今日の授業はとても楽しかったです。

二人ペアになって、一人が文章を読み、一人が手話通訳をするのですが、テキストは同じものを繰り返し読むので、後半の人たちは流石に上手にできました。

わたしも運良く最後の方だったので、自分の役割をこなしたのですが、わたしのところで先生が笑い転げていて、そこまで面白いことをしたのか、自分では???なのでした。

手話は指先だけでなく、表情も含めた全身勝負で、考えたらエーゴも同じで、とにかく通じれば解決するのです。

どうしても説明がつかないときは、現物を見せるのが手っ取り早いし、道を聞かれたら、説明するより、連れて行って差し上げるのが一番いいのです。

わたしのテキストは、1日を説明したもので、「朝起きたらいい天気だったので、洗濯して、午後はデパートと郵便局に行って、8時に夕飯食べて、テレビ見て、お風呂に入って、11時に寝る」というもので、この寝るを、気絶したように寝たフリしたのがウケたのかもしれません。

というわけで、そろそろ実際に気絶します。

フライドチキンの折り紙

フライドチキンの折り紙を折ってくれと、小1からオーダーを受けました。
テキストを見ながらなのですが、難易度3だそうで、それなりに??なのです。
なかなかうまくいかず、いったんは放り出したものの、悔しいので再度チャレンジしたらできました。

「さすがあーちゃん!」と褒められました。

しかし、折り紙も茶色を使ったし、できあがりの感動が少ない折り紙です。
鶴のような造形の美しさに欠けているのです。
折り紙業界もネタ切れで、苦肉の策で考えたのかもしれません。。。。

「感動ってなあに?」は、可愛い小1の問いかけ。
フライドチキンの折り紙が欲しいという小1の願いを叶えてあげられてよかったです。

学童クラブの夏季バイトも、もうあと一週間ほど。
一度やってみたかったので、いい経験です。
ものすごく疲れると脅かされていましたが、子どもの発想の突飛さは、わたしには免疫があるというか、ある種じぶんと同じなので、特に疲れることもなく、楽しんでおります。

今こそ平和を戦争はいやだ ー戦争裁判担当弁護士からー

安保法制違憲訴訟でお世話になった児玉勇二弁護士から本を送っていただきました。安保法制違憲訴訟の原告でもあった猪熊得郎さん(シベリア捕虜体験者)や、渡辺紘子さん(東京大空襲でお父さん、千葉の大空襲で幼い弟妹を失った)の陳述書の引用から始まる衝撃的な書物を読み進めると、劉連仁という名前がありました。

「強制連行された劉連仁という中国人の方が、戦争が終わった後も北海道の山奥で逃げ回り発見されてから、強制連行した企業とこれを推進した国を訴えた、戦後補償裁判に私も参加しました」(『今こそ平和を 戦争はいやだ』児玉勇二著より)と。

劉連仁、茨木のり子の詩集にある「りゅうりぇんれんの物語」で語られるその人ではないですか!
ついこの間、読み終えたばかりの詩の一篇を思い出し、間接的にでもつながっていたことに、驚きました。

下記、お勧めです!

『茨木のり子詩集』谷川俊太郎選 岩波文庫

『今こそ平和を 戦争はいやだ 戦争裁判担当弁護士から』児玉勇二著 あけび書房
 https://akebishobo.com/products/peace1

アイロンビーズ

アイロンビーズなるものはわれわれの子ども時代には存在しなかったので、やってみたことはなかったのですが、体験させていただきました。

子どものおもちゃですので、小さな手でないとビーズをうまく入れられないのですが、小2女子が気を利かせてピンセットを貸してくれました。

  • オリジナル作品です!

教養と教育

めでたく(?)還暦となり、シルバー人材センターの登録の対象にもなったので、登録してみました。
説明会があって、参加したところ、

教養「きょう用事がある」

教育「きょう行くところがある」

と言って、老化防止のためのお話がありました。
お年寄り初心者なので、そのキーワードを我がことと捉えるにはまだ間があるというか、このままいくと、一生暇になどなりそうにないのですが、暇というか、退屈が敵という気分は、学童のバイトでも感じました。
子どもたちは、何か楽しいことを見つけないと、退屈という人生最大の敵に直面することになるのです。

この手持ち無沙汰をどうすればいいのか!

子どもの頃、うまい表現は知りませんでしたが、退屈は明らかに敵でした。
大人たちが楽しそうに談笑しているのに、早く寝ろと言われることに、恨みがましい気持ちを抱き、楽しいことを貪欲に求めていました。

三つ子の魂百まで、なのか。

そういえば、別の集まりで、朝薬を飲むと他に用事がないお年寄りの話を聞きました。子どもはともかく、年寄りの無趣味はさすがに「自己責任」のような気がしないでもないですが。。。