衆愚政治のセーフティネットとしての象徴天皇制(長文)

下記、あるメーリスに書いた文章ですが、公開します。

自分の考えていることを簡潔に書くのが難しのですが、この週末、ずっと憲法の
教科書の天皇に関する記述とにらめっこしています。
天皇への請願について、解説しているものが見当たらず、明治憲法からの流れと
いう記述がぽろっと出てきたのが一冊あったのみでした。
天皇の行動の中で、憲法上問題になるのが、天皇主催ではない儀式(国会の開会
式・国体の開会式等)における「おことば」なのですが、これをどうとらえるか。
いくつかの説があって、もっとも有力なのが、公人としての行為であって、国事
行為ではないが私的な行為とも言えず、内閣の直接または間接の補佐のもとで内
閣が責任を持つという説です。
請願法で天皇への請願が記載され、この請願法自体を違憲という人はいないでしょ
うから、天皇が請願を受けることを国事行為と言うのかどうか、問題になりそう
ですが、正面からとらえた議論が見当たりません。どこかにあるかもしれません
が、わたしが持っているいくつかの憲法の教科書の記述からは見つかりません。
司法試験を受ける人は、わたしが持っている教科書のいずれかを読むのでしょう
から、請願を受けるということは、象徴天皇制にとっていかなる意味があるのか、
「請願法」という法律があるにもかかわらず、誰も知らないのです。

山本太郎が手紙を出す前から、わたしは天皇を名宛人とした署名運動をやったら
どうなるかと考えていて、機会があるごとに、他の人の意見を聞いて回っていま
した。山本太郎よりは慎重だったのですが、山本太郎が無謀と言われてしまう行
為を行う前に、わたしのような特別な責任を持たないものが、無謀あるいは無思
慮は行為を行って、世間の湯加減のようなものを見ておけばよかったと後悔しま
した。なので、そのニュースが流れた日に、ネット署名を立ち上げました。
思ったとおり、左右が文句を言っています。

ところで、わたしが何を考えているかです。
わたしはプラトンが好きで「国家」を10年くらい前に読んで、民主制がソクラテ
スによれば、5つの政体の分類のうち、下から2番めという大変低い位置づけで
あることに驚きました。書物を読んでこれほどの衝撃を受けたことはそれまでも
それ以後もありません。

ところで、「法の支配」と「法治国家」という対比があるのをご存知でしょうか。
K先生には釈迦に説法ですが、「法の支配」は悪法を法とは認めません。
「法治国家」は「法」でありさえすれば、どのようなものでも「法」として機能
し、悪法であっても、人々を支配します。それで大やけどをしたのが、ナチスで
す。
日本は、「天皇」の名をかたりさえすれば、万能の権威を持ち、日本は負けるこ
とができず、破滅の淵に立たされるまで、闘い続けました。
従って、日本は「天皇」を悪用しないために、一切利用しないという選択をした
と思い込んでいるのです。
実際は、時の政権は、内閣の助言と承認さえあればいいということなのか、天皇
を政治利用しているわけです。
ところで、内容を一切吟味することなしに、すべての利用を悪とすることでいい
のでしょうか?
「天皇の政治利用」イコール「悪」で、その後は思考停止してしまっていいのか、
おおいに疑問です。

そろそろ話をまとめます。
天皇制というアミニズムから出てきたような制度と、近代民主主義、この二つが
どのように融合するのか?
第二次世界大戦は、天皇の玉音放送によって、見事に終わり、自殺が大好き(か
もしれない)日本人が、自爆テロのひとつも起こさず、耐え難きを耐え、見事な
復興を遂げました。戦後処理の成功例となりました。天皇なくしてはあり得ない。
天皇は、恐らく、何かしら「良きもの」を体現していて、その何かしら「良きも
の」は、わたし自身の「良さ」につながっている。これは近代合理主義の話では
なく、恐らく文化人類学の領域の集団として生息する動物である人間の話なのじゃ
ないかと思います。
天皇家に生まれたある個体に対して、リーダーであるという資質を徹底的に教育
する。
それは、一般の子どもにそんな教育を施したら、周囲との調和を欠いて生きてい
けないような教育かもしれません。
その原始的なリーダー教育、たぶん天皇家にはその奥義書みたいなものがあって、
天皇になるべき個体と、そうでない個体は、まったく別の教育を受ける。
我々の目に、皇太子とその弟宮の差は、明らかです。
これは、近代法の領域ではありません。
象徴天皇制は、もしかすると、意図せずに(歴史的には意図してかもしれない)、
民主主義の中に哲人政治の要素を飲み込んでいる可能性があるのです。
わたしは、もし、それが可能であれば、民主主義の欠陥を補う政体が可能だと思
うのです。
すなわち、衆愚政治に陥らないようにするセーフティネットとしての象徴天皇。
山本太郎の行為は、その可能性に対する示唆を与えている。

以上です。
ながくなってごめんなさい。

山口

※天皇を名宛人とするネット署名はこちら

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